SSとか色々

ちょっとした漫画・思いついたSS(たまにイラスト付き)など。

「トランフォニウム」

    コロッケというものは偉大だ。
サクサクとした衣に包まれたジューシーな合いびき肉がポテトとマッチする、言わずと知れた人気のあかしである。・・・と、優子は思っている。
    もちろん他の変わりダネのコロッケもおいしいとは思う。が、やはり王道を征く普通のコロッケが
一番だと思う。
 「まぁおいしいとは思うけど・・・そんなに四六時中、無我夢中で貪るように探したりは・・・」
 「ちょっ・・・私だってそんなに躍起になったりしてないっつーの!」
 「どうだか」
 「アンタの中の私ってどんなイメージなの!?」
 軽くあしらわれたのが妙に癪に障る。どうもコイツとは馬が合わないな、と優子は確信した。・・・ところで今日は
今年の内一番暑い日らしい。というのも、朝のニュースで見ただけなので真実かどうか定かではないのだ。天気予報ではなく
ニュースだったので信憑性に欠けるというのもあるが、近ごろの天気予報も余りあてにはならないとも思う。
 お昼のコロッケパンに齧りつきつつ、涼しいクーラーの風に当てられている優子は何故か正面に居座っている夏紀へと
目線を移す。同じコロッケパンを食べているのにもかかわらず、どうしてこんなにも不愛想で美味しさを感じさせない食べ方なのだろうか
・・・と優子は思った。
 「・・・何?なんか可笑しいことでもあった?」
 「別に」
 あっそう、と気にも留められてないようだ。なんか無性に腹が立つ。山葵でも入れてやればよかったかな、なんてくだらない
ことを考えてもみた。・・・やっぱりないな、それはそれで気まずい雰囲気になりそうだ。と、優子はコロッケパンを見つめつつ妄想をやめた。

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猛暑日とされている今日、実は三連休の初日でもある。それに便乗して“何故か”夏紀の家に宿泊することになった優子は、お昼をご馳走
・・・されるほど夏紀に料理の腕前はないため、優子は好物のコロッケパンを選んだ。家の料理なんて両親が作ればいいだろうと言うことなのだが、
何を勘違いしているのか「私たちは旅行でいないから、気を遣わずに過ごしてね」と夏紀家の両親はスタコラサッサと旅に出てしまった。そんな
ことで大丈夫なのだろうかと優子は頭を抱えていたが、大勢ではないしましてや女子同士なので心配はないと踏んだのだろう。・・・女子同士で
そんな心配普通はまずしないというのと、逆に女子だけということを心配しないのはいかがなものかと、元来夏紀家と吉川家は相容れないのかと
優子は早大に考えてしまった。
 「で、お昼食べたらどうしよっか。明日はパートごとで遊びに行くんだっけ?」
 「それは低音・・・というか後藤先輩とあすか先輩以外でしょ。いつもの」
 最後の一口、コロッケパンを名残惜しそうに食べ終わった優子は包んでいたラップをゴミ箱へと捨てに立ち上がった。
 「まぁね。ペットは・・・ないか」
 「それ、私が香織先輩と遊びに行けないって言ってるようなモンよね!?」
 「いや・・・高坂さんとかの話なんだけど・・・」
 しまった、墓穴を掘った。という表情を見せた優子。それと明らかにしてやった顔の夏紀。ただ、こんな休日・・・しかもこんなに暑い日に追い掛け回す
のにも気が引けるし、そもそもここは自宅でもないので優子は一旦引いた。
 「どっちにしろ、私も出かける予定ありますから」
 へーんだ、と舌を出した優子に夏紀も負けじと舌打ちをした。
 「というか、なんでそんなこと聞くのよ」
 「それがさ、親戚の人から最新の人生ゲームをもらってさ・・・昨日家族でやってみたんだけどこれがもう楽しくて。アンタにもこの楽しさを分けて
やろう!ってコト」
 何だかんだ楽しんでいる夏紀。それを見た優子はなんとなく、こういうのって姉妹のやり取りみたいだなぁと思っていた。もちろん自分が姉で、向こうが
妹だ。ただ、こんないけ好かない妹なんて御免だ。と心の奥底でつぶやいた。
 「まぁ・・・そんなに言うなら付き合ってやろうじゃないの」
 「ただ、普通にやるのはつまんないから・・・何かをかけて勝負するってのはどうよ」
 「その話、乗った!!!」
 いった後で、なんとなく乗せられた気分になってむかっ腹が立った優子であった。
 直後、ピンポーンと家のインターホンが鳴った。いったい誰だろう、配達の人だろうか。そうだとしたら、何が届いたのかぜひ確認したいものだ。もちろん、
夏紀のことを揶揄う材料になる可能性があるからである。優子がそんなことを考えて、如何にも悪だくみをしている表情になっていると、意外な人物が入ってきた。
 「あれ・・・吉川先輩!?」
 「こんにちは、吉川先輩もきていたんですね」
 「え、何、夏紀・・・アンタもしかして・・・!」
 またもしてやったりな表情の夏紀にキーッ!と床を踏みつけまくる優子。それにいつものことか、と至って冷静な久美子と麗奈。夏紀の戦法はいたって単純、人を増やして賭けに当たる確率を減らそうということであった。ただ単純に人数を集めてゲームをしたかった、というのも理由の一つであったが。
 「ま、何はともあれ集まったんだし、さっそく準備しないとね」
 「そ・・・そうね」
 「く、空気がピリピリしてるなぁ・・・」
 「久美子、声出てる」
 「むぐ・・・!?」
    ご存知、子供から大人まで誰もが一度はやったことのあるであろうゲームといえば「人生ゲーム」である。好きな色の車を選び、最低限の所持金(ここの最低金額はそのゲームによる)をもち如何に早く、そして如何に大金持ちになってゴールを競うゲームである。このゲーム、意外と細かいところまでリアルな人生と合致する設定があり、借金はもちろんの事、株や旅行のお土産、タロットカードにギャンブルゲーム・・・そしてこのゲームの醍醐味といっても過言ではないマス。このマスがとても重要で、運が良ければ一度も支払いをせずにゴールする事もありえる。そして、いい職にもつけるという最高の薔薇色な人生が待っている、賽の目次第で。
    「って、それテレビゲームじゃん!人生ゲームなんだからボードがないと出来ないじゃない」
    「最新の、って言うのはそういう事だって。この人生ゲーム、最新のW○i Uのソフトなんだってさ〜。昔みたいに自分のピンがなくなったりしないのがいいよね。あと片付けが楽」
    「おい最後」
    事実、友人宅や自分の家で人生ゲームをした時にピンやら小物がなくなった話はよくある話だ。と、優子は心の中で呟いた。そうこうしているうちに準備が完了した。この人生ゲームは、賽の目の代わりに採用された人生ゲーム用のルーレットのみが外部のコントローラーとしてあり、その他諸々は画面の中という仕組みである。後はハードのコントローラーで操作、といった感じだ。
    早速四人は車の色を決める事にした。ここは特に揉める事なく決まり、優子は黄色、夏紀は橙色、久美子は赤色、麗奈は紫色になった。
    「順番は・・・折角なのでルーレットで決めませんか?」
    いい提案だ、黄前ちゃん!と何故かめちゃくちゃノリノリな夏紀に心の奥底で少し微笑ましいなと思ってしまった自分が恥ずかしい、と宙を見つめる優子。麗奈が見つめているのにも気がつかないくらいには自分の世界に入り込んでいるようだった。
    「じゃ、私から・・・」
    そう言ってルーレットを回す夏紀。ルーレットの回し方でなんとなく性格が分かる気がする、と珍しく口には出さなかった久美子はそう思った。4〜6が出れば安泰かなぁ、とボーッとしてルーレットを見つめて出た数は4だった。
    「まぁまぁだね」
    「私がここで5か6を出せばいいってわけね!簡単よ!」
    やっぱり張り合うのか、と少々呆れ気味に見つめる久美子と、何故か真剣に(羨ましそうに?)見つめる麗奈であった。そうこうして出た目の数は、夏紀が4、久美子が2、麗奈が5、そして優子が4という結果になった。
    「そこまでして争いたいってわけね・・・」
    「ほほ〜う・・・上等だ!」
    なんだかんだ乗り気ですね、と言いかけた久美子をさっと抑える麗奈。それを尻目に、2人だけのじゃんけん大会が始まった。が、一発で決着はつき、優子の勝ちだった。
    「私の『勝ち』ね!」
    やたらと勝ちを強調してくる優子だったが、夏紀にああそう、と軽くあしらわれ舌打ちされてムスッとしながら怒っていた。
    「勝っても負けても不服なんですね・・・」
    「久美子・・・」
    最早手の付けどころのないような清々しいほどの本音爆弾をぶち撒けた久美子を呆れるような表情で見つめる麗奈。このままだとグダグダしそうだ、と自ら始めようと言い出したのに他の3人が驚いたのは言うまでもない。最も、そんな事本人は気が付いていないが。

    ・・・それは唐突に起こる。
    「・・・運命の時は来たようね」
    「優子、アンタには呪いをかけておいたから、多分ゼロだよ」
    なんでそんなに雰囲気を読まないのよ!とキャンキャン吠えかかる優子と呆れる夏紀。必ず止まらなければいけないマスというものがこのゲームにはあるのだが、そのうちの「結婚」マスで、産まれると後々有利になる子供をルーレットで決めるというルールがあるのだ。1〜2が出ると0人。3〜4が出ると1人、5〜6が出ると2人である。
    「・・・1か2だと、不妊ですね」
    「久美子、流石にそれはいけないと思う・・・」
    いつの間にか言い争いになっている2人を促しつつ久美子の本音爆弾を止める麗奈が一番大変なのではないだろうか。と、麗奈自身もそう思うようになってきた。楽しいからいいが、と心の中で呟いた。
    また時は流れ、先頭の久美子が中盤に差し掛かっている。
    「人生ゲームって、逆転があるから楽しいですよね〜」
    現在、久美子の所持金は7万ドル程。借金もなく、一番高い家をもっている。職業はタレントだが、本人曰く現実だとまずありえないと否定していた。他の3人も妙に納得しており、それはそれでなんだかなぁと久美子は思った。
    「まぁ現実で出来ないことが出来る!って言うのがこういうゲームの醍醐味だと思うんだけど」
    「確かに、億万長者なんてまず無理ですもんね・・・」
    夏紀の所持金は3万5千ドル。まずまずの滑り出しのままここまで来ている。家は多数の人が旗を立てられるマンション。職業は警備員だ。
    「・・・借金地獄もね」
    皮肉めいた声で優子は語った。優子の所持金は0ドルで、借金は驚異の15万ドル。最初から借金をして2番目に高い家を買ってしまったというのが響いて、更には職業も捨てなければいけないマスに止まってしまう始末。これには流石の夏紀も煽ることをせず・・・にはいられなかったようで、さっきまで散々おちょくっていた。いつもの調子で言い争いになってなかなか進まなかったが。
    「そんな3人を尻目に麗奈選手はグイグイ所持金を伸ばし・・・」
    「ちょっと久美子、やめてよ・・・恥ずいし」
    「麗奈は人生ゲームでも特別なんだね・・・」
    「黄前ちゃん、何言ってるの・・・?」
    「黄前さん・・・」
    「・・・・・・え、あれ?何だろうこの空気」
    久美子を軽くスルーした麗奈の所持金はダントツの1位で、20万ドル。優子の借金よりも多いお金だったが、マスは1番スタートに近いため、家はマンションに旗を立てている。なんとなく夏紀の旗の隣に置いてみて1人で若干、テンションが上がっていたのは心の中に仕舞っておいた麗奈だった。

    それから一悶着あり、最終的に勝ちを取ったのは久美子だった。2位は麗奈。そして同着3位に夏紀と優子が仲良くゴールインをした。ゴールインといっても順位は残金で決めるのだが。終わった頃、辺りは煌めかしい橙色に染まっていた。窓辺からは夕日が差し込んでいて、夕方の調べを運んできているようだった。丁度いい時間だとそこでお開きにして、久美子と麗奈の2人は揃って帰っていった。玄関の鍵を掛けて、なんとなく羨ましいなと思った夏紀だったが、この後の対応を考えてげっそりとしていた。

    『そうですね・・・賭け事、というより罰ゲームのほうがいいと思うんです。それで、罰ゲームなんですけど・・・今から明日、練習に来るまで2人仲良くしてもらうってのはどうでしょうか・・・?口喧嘩をしない、ってくらいだと思うんで簡単だとは思うんですけど』

    「簡単に言ってくれるよね、黄前ちゃん・・・」
    優子も優子で、言われたからにはやり遂げるのが筋ってもんでしょ。と真面目な顔をして言ってきたので引くにも引けないよなぁ・・・と頭を掻いて溜息をついた夏紀であった。後は晩御飯を食べて、お風呂に入って、寝る準備をするだけだからまぁいいか。と無理矢理自分に納得をさせてリビングへと戻ることにした。
    リビングへ戻ると何かを包丁でトントントン、と切っている音が聞こえてくる。なんというか、意外とこういう音は心地よくて嫌いじゃないな。と、夏紀は思った。扉を開けて台所を見ると、ちゃっかり夏紀のエプロンをして料理をしている優子がいた。いつもは夏紀の物なんて借りようともしないのだが。
    「夏紀、アンタ嫌いな食べ物とかあったっけ」
    「ん〜・・・特には」
    「そう」
    なんかこれはこれで張り合いがないな、と夏紀はつまらなさそうにその場を離れると、リビングのテレビをつけてソファにもたれかかった。何十分かボーッとテレビをみており、やけに静かだなと思った刹那
    「・・・ふぅっ」
    「うぁっ!?・・・何!?」
    「仕返しよ、バーカ」
    ニカッと不敵な笑みを見せた優子が、窓辺から差し込んでいる夕日も相まって、いつもより綺麗に見えてドキン、と心臓の鼓動が大きく耳の奥まで響いてきた。なんとも不思議な感覚で、それを受けて硬直していたのだろうか。少し真面目に心配されてしまって、微妙な雰囲気になってしまった。

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    その後、作ってもらった料理を食べて、2人で食器を洗い、何故か親睦を深めるためにお風呂に2人で入ることになった。提案者は麗奈だと言うのだから断るに断れないし、優子はここまでキレかかってこないもので、素直に了承してしまった。確かにお風呂に入るくらい普通だが・・・と脱衣所で衣服を脱ぎつつ思い更けていた夏紀であった。もうここからは親睦を深めるどうこうでもないと思うのだが、曰く2人で湯船に浸かるべし!と念を押されていた。後付けで。ついさっきそんなにメールが本人から直接届いたのだが、もう何がしたいのかわからないというか罰ゲームの内容を考えることに迷走してるよなぁ、これ。と2人はそろって思ったのだった。
    「で、2人だとお湯がなみなみなんだけど」
    「まぁ、そうね。仕方ないんじゃない?」
    「じゃない?って・・・と言うか意外」
    「何が」
    「見てないからこんなことする必要ないっていうかと思った。少なくとも私はそうだし」
    その言葉に、見た感じ反応はしていないのだろうが、内心は反応していたのだろう。少し強めに返してきた。
    「なんとなく、ルールには反したくないって思っただけ。あと・・・」
    「あと?」
    「・・・・・・なんでもない。出る」
    「あーそ。私もそろそろ出るか・・・アイス、あるから勝手に食べていいよ」
    「・・・うん」
    大方、予想はついていた。が、特に至言することもないだろうと気を利かせて何も言わずにいてくれたことを、優子も感じ取っていた。なんだかんだ似ているところはあるんじゃないか、と2人ともが否が応でも再確認させられた瞬間だった。

    寝るまでの間、特にこれといった会話もなく時は過ぎる。やはり、普段通りの時に会話をしてナンボなのだろう。翌日になればこの静けさともおさらばなんだろうと、名残惜しくもそう思ったのであった。

    「おはようございまーす・・・って、やってるなぁ」
    翌日、久美子が音楽室に入ると、何時ものように口喧嘩をしている犬猿の仲良し2人組の姿がそこにはあった。